今更だけどサステナブルな暮らしって何だろう?

2021年からはじめたサステナブルウィッシュに加えて、2022年はエコな活動をされている方々に取材するなど、サステナブルについてかなり広い視点を持つことができたと思っています。

2021年までは、極端な言い方をすれば「自然環境に良くないことは排除する。」といった心持ちでいました。けれど、2022年の中盤辺りから「その考えを持ち続けていたら、もっとギスギスした世の中になるんじゃないのかな?」と思うようになりました。

誰一人取り残さない世界

2016年に公開された『トロールズ』という映画の中に「No troll left behind.(どのトロールズも置き去りにはしない)」というセリフがあります。

初めてSDGs/ Sustainable Development Goals(2030年までに達成すべき17の目標)の中の、「誰も取り残されない社会」という言葉を耳にした時、このトロールズのセルフを思い出しました。

良くも悪くも『サステナブル』という言葉が広がっている今、ペットボトル飲料を買う人たちは、究極的に「悪」として見なされ、扱われることがあります(言葉には出さずとも)。それって「本当にサステナブルなのかな…?」とある時から、考えるようになりました。

それは、わたしたちが資本主義というお金主導の世界に身をおいているから、ということは少なからず影響しています。お金を稼ぐために、あくせく働き、もちろんその中には格差もあるので、金銭的、そして精神的な余裕のある人もいれば、そうでない人も、います。

サステナブルな暮らしが、決してすごくお金がかかるものとは私は思っていませんが、決してゼロではありません。また、極力お金のかかならいサステナブルな暮らしを実現するためには、丁寧に暮らしていくことが必要です。それって、働き詰めの人々にとってはとてもハードルが高いことです。

加えて、ペットボトル飲料を買う人たちが必ずしも「悪」とも言い切ることはできません。なぜって、ペットボトル飲料を作っているメーカーの人々、流通業の人たち、またそれを販売している小売業の人たちはそれで生活が成り立っているわけです。何人の人たちが、1本のペットボトル飲料に関わっているという具体的な数字はあげることはできませんが、もし世界の人たちがペットボトル飲料を買わなくなったら、それで食べている人たちが取り残されてしまう世界になってしまいます。

ある方向から見たら悪でも、ある方向から見たらそれは善になる。だから、結局良い悪いでジャッジをくだすのは、サステナブルではないのだとわたしは考えます。

誰もが幸せになる権利を持っている

Yes. I think everyone deserves to be happy.

話をトロールズに戻しますが、「Everyone deserves to be happy.(誰もが幸せになる権利があるわ。)」という主人公のプリンセスポピーのセリフは、サステナブルな暮らしの本質を簡潔にまとめたものだと思います。

ペットボトルを買っている人も、素敵なマイボトルを持ち歩いている人も、世の中のためになっている。お互いが支え合って生きていることに気づけたら、「今、自分が幸せである」ことに気付けるのではないかなと思います。

できていないことに気を取られるのではなくて、自分の行動が社会のために、地球のためになっているか、2023年はマクロの視点で自分を観察していきたいと思っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

シンガポール在住10年 文筆家/ヨガ講師/アーユルヴェーダアドバイザー  House of Emmaでは、毎日の暮らしの中でできるヨガとアーユルヴェーダの智慧をベースにした食事、美容、セルフケア、季節ごとの過ごし方などライフスタイルの提案をしています。