「ヨガ=菜食主義」は絶対ではない。三度のベジタリアン失敗を経験して考える自然に優しい食事方法

先日数週間無意識にベジタリアンの食生活をしていました。本当に無意識にそういった食事をしていたんですが、「なんか体調が良くないな・・・」と思い食事日記を振り返ったら、ベジタリアン食になっていたんです。なんのための食事日記なのかとつい突っ込みたくなるんですが(笑)、こうして体がしっかりとSOSを出してくれたのに気づけて本当に良かったなと思います。そして意識的に動物性タンパク質を摂るようにして徐々に回復しました。

ここ数年、ベジタリアンやヴィーガンといった食事法が浸透してきました。もちろん、環境保護や動物愛護といった面では、これはとても効果的な食事方法なのかもしれません。けれど、わたしはこれは万人に合う食事法ではない、つまりサステナブルな食事法ではないとわたしは考えています。その理由について、改めてわたしの経験を踏まえてお話ししてみたいと思います。

わたしが菜食主義の食事法が合わないと思う理由

わたしが、今回の、そして過去2回、ベジタリアンの食事法にトライしてみて、結局失敗に終わった理由は、冒頭でもお話ししてように”健康的な問題”

ベジタリアンメニューを続けると、立ちくらみ、体力不足、イライラといった症状に見舞われます。今回は、これらに便秘口内炎という症状が追加されました。便秘はなんとなかるんですが、口内炎は食べるのも飲むのも、そして喋るのにも苦痛を感じるので、本当に辛い・・・

こんな経験を三度も繰り返しているので、さすがにベジタリアンは自分には合ってないのだと思います。人によっては「やり方が悪いんじゃない?」と言う人もいるかもしれません。けれど、どうも上手くいかないんですよね(笑)

そして、わたしは、食事は人間にとっても優しいものであることが大切だと考えています。もちろん、人の健康に関わるという職業柄からそう考えているというのもありますが、ヨガでは、わたしたち人間も自然の一部と考えるから。なぜなら、わたしたちの体や心、「わたし」という個を形作っているのは、自然だから。肌も髪の毛も細胞も、臓器も、すべて自然で作られている食べ物からできています。

だから、自然の一部であるわたしたち人間にとっても優しい(体調不良にならない)食事法を選ぶことが何よりも大切だと考えています。

自然に優しい食事とは?

わたしが「大切にしたい」と思っているアーユルヴェーダの考え方に、「生き物である人間は生命力溢れる生き物から命を分けてもらう」というものがあります。その考え方をもう少し深く掘っていくと、食べ物が育った環境などが重要ということにたどりつきます。

例えば、大量生産のためにせまい檻の中でギューギューづめになった状態で育てられてた動物は、愛情が少ない環境下の上、想像しただけで動物たちのストレスレベルが高いことが分かります。それって活力溢れていることからかけ離れていると思います。

そういった環境下で育った食品をわたしたちの体の中に取り入れることはホルモンやら薬品やらの影響以前に、動物たちのストレスなども体の中に入れることにつながってしまいます。

動物性の食品を摂る場合は、大量生産のためにホルモンやら薬品づけにされた安価なお肉ではなく、高価にはなってしまいますがファーマーからしっかりと愛情を注がれている動物(放し飼いやグラスフェッド、オーガニックなど)であることを重視して選ぶようにすることって、自然界全体に優しい選択なのではないかと思っています。

体は人によって違う

ベジタリアンに失敗を3回も経験しているととても心配になるのが、菜食主義=健康な食事といったイメージ。サステナブル観点から、また健康面でも菜食主義は絶対に良いという人達があまりにも多いのがとても気になります。特に無垢な若い世代の人たちに向けて「菜食主義になろう」と呼びかけるのはあまりにも無責任な気がします。

もちろん、菜食主義で生き生きと暮らせる人もいるのは事実としてあると思います。わたしは、そうではないのでわかりません。けれど、みんながそうでないということはわたしは自分の経験をもとにそう語ることができます。

大切なのは、自分の心、そして体が納得できる食事法を選ぶことなのではないでしょうか。

ABOUTこの記事をかいた人

シンガポール在住10年 文筆家/ヨガ講師/アーユルヴェーダアドバイザー  House of Emmaでは、毎日の暮らしの中でできるヨガとアーユルヴェーダの智慧をベースにした食事、美容、セルフケア、季節ごとの過ごし方などライフスタイルの提案をしています。