「ゴミを出したくない…」モノを上手に手放すために罪悪感を向き合いたどり着いた考えとは?#わたしのサステナブルウィッシュ

2年間住んだ緑に囲まれた家とも今月末でお別れになります。

そのため4月からコツコツとモノの整理を始め、たくさんのモノを手放しました。

モノを手放す時に、多くの人が抱く感情が”罪悪感”かもしれません。何を隠そう私もその一人。「まだ着る機会があるかもしれない」「新しい家に住めばこのインテリアは使えるかも」「長年使ったから愛着があって…」これらの気持ちも一種の罪悪感ではないでしょうか。

今回の #わたしのサステナブルウィッシュ2022 のチャレンジは、モノを上手に手放すための罪悪感との向き合い方についてお話したいと思います。

#わたしのサステナブルウィッシュ2022 って何?

2021年よりスタートした連載企画。1年間を通して地球と人に優しい習慣を身につけるための #わたしのサステナブルウィッシュ
ズボラなわたしが自分なりにできる範囲で取り組んだ1年間のサステナブルな暮らしの実践は、地球全体で言われている環境や社会問題など多くの課題を解決するなんて大それたことはできませんでした。それでもこのチャレンジを通して「サステイナブルの本質」を日々考えることにつながっていると自負しています。

2022年はさらにパワーアップして #わたしのサステナブルウィッシュ2022 を実行していきます!

やっぱり必要以上に要らないモノに囲まれて生きている

Photo by Ella Jardim on Unsplash

モノを手放す時に生まれるモヤモヤの正体は?

2年前に引っ越しをした時、かなりの量のものを手放しました。前回の家は7年近く住んでいたことと娘が4年間過ごした家だったということもありますが、不必要に大きなシェルター(物置)があったこともたくさんのモノを溜め込んでいた原因でした。引っ越しが決まって、いざ「片付けよう」と倉庫の中を見たらびっくり。「何でこんなものを持っているの?」というものまで本当にたくさんのモノがありました。

今回の引っ越しは2年間しか住んでいなかったことや、そもそも物置きがないこともあり「不要なモノはないのでは?」と思ったくらい。けれど、いざはじめてみると、すぐに不要なモノで袋はパンパンになったのです。

そして、袋に荷物を入れ始めた途端、罪悪感に襲われました。

罪悪感の原因は?

5年ほど前からサステナビリティーについて学ぶようになり、中でもゴミの削減については一般人であるわたしたちでも少し意識を変えるだけで取り組むことができるアクションの一つです。

「わたしでもできることを・・・!」と、それまではゴミ箱に当たり前のように放り投げていたモノも、再利用したり、アップサイクルやリサイクル方法を調べたりするようになりました。特にこの2年間は、自然とより近い環境にいたことから、その傾向が強くなったように思えます。

お菓子のプラスチック袋なども、娘が「工作に使いたい」と言うので、キレイに洗って乾かして保管…。そして、作られたアート作品が増大するというサイクルに。また、シミや穴が開いてしまった洋服やヨガウェアをパジャマにしたり…

そんなこんなで、小さなモノが多くはありますが、リサイクルやアップサイクルしたモノは特に人に譲ることや更にリサイクルに回すことも難しく「ゴミになってしまうのか…」という罪悪感をたくさん感じました。

罪悪感との向き合って気づいたこと

Photo by Jilbert Ebrahimi on Unsplash

この2年間はモノをたくさん買うことなかったにしろ、それでも増えた小さなモノたち。また、前の家から持ってきたモノで、この2年間一度も使わなかったモノもたくさんあります。あることは知っていましたが、開かずの扉にしまってあったモノたち。

「せっかく持っているのだから、いつかのために持っていたほうがいい。」

「それを捨てたら永遠に埋立地になってしまうかもしれない」

けれど、この考え方は自分自身にとっても、精神衛生上も、そして家にとっても、もはや持続可能ではないことに気づいたのは、今回の引っ越しのために荷造りをしているときです。

わたしたちは、「リデュース・リユース・リサイクル」という環境への取り組みはよく耳にします。けれど、私が聞きたかったのは「リフレーム、リデュース、リニューアル」という言葉だったのかもしれません。なぜなら、飢餓や廃棄物、あるいは気候変動など、世界の緊急課題はシステム的なものだから。

モノを手放すことに生まれる罪悪感を向き合った結果、わたしは改めて自分に何ができるかを理解し、それを再定義する必要があるという考えに至りました。

地球のためにできるモノとの向き合い方

Photo by Arnel Hasanovic on Unsplash

〇〇しすぎない

何も捨てないというのは、現実的なことだったのでしょうか?

全くそうではありませんし、私の精神的な負担もそれに見合うものではありませんでした。

けれど、例えば、作りすぎたり、買いすぎたりしないように気をつけることはできると思います。なぜなら、私が自分の生活を見直せば、最終的に多くの無駄を省けるからです。

手放す必要性を取り除く

そしてもちろん手放す必要がなければ、手放すことへの罪悪感を避けることもずっと簡単のはず。

だから私は新しいアパートでの生活は、本当に必要なものに集中し、散らかることを積極的に避けていきたいと思いっています。もちろん、子どもがいれば、そう簡単にいかないにせよ(前述した通り、アート作品を作るのが好きなので…)、パッケージされたお菓子を買うのではなく、手作りお菓子を作る余裕を作ったり、スーパーマーケットでの買い物よりも市場やバルクショップ(量り売りショップ)での買い物を増やすなどできること生活を見直していこうと思います。

センチメンタルクラッター

昔のバースデーカード、楽しかったけどもう持っておく必要のない写真などデジタルサーバーでの保管に移行。これは、子どものアート作品も含みます。

テクノロジーは、もう絶対に使わないし、保管にこまるようなものでも感情移入される意味のあるモノを捨てる罪悪感から解放させてくれます。

3Dの形でなくとも、思い入れは同じです。

ちなみに、こうした思い出品の費やす時間は、一気にやろうとするとかなり時間がとられるので、日々こまめにやっていくのが◎。

わたしにとって不要なモノでも誰かには必要なモノ

何かを「捨てる」必要があるとき、それが文字通りゴミ箱に捨てることではありません。

例えば地域社会に贈ることも、新しいものに変えることも、これまで通り用途を変えて再利用することもできるのです。

時には、修復不可能なほど壊れてしまったり、もう使えなくなったりして、ゴミ処理場に送らなければならない残念な現実もあります。けれど、そのたびに罪悪感にさいなまれるのではなく、いずれは捨てなければならないものを意識的に持ち、必要なものだけを消費し、不要なものは再利用すればいいのではないでしょうか。

そろそろ衣替えの時期…手始めに長年袖を通していない洋服がある方は、その洋服と向き合う時の参考になれば嬉しいです。

ABOUTこの記事をかいた人

シンガポール在住10年 文筆家/ヨガ講師/アーユルヴェーダアドバイザー  House of Emmaでは、毎日の暮らしの中でできるヨガとアーユルヴェーダの智慧をベースにした食事、美容、セルフケア、季節ごとの過ごし方などライフスタイルの提案をしています。