落ち着きのないわたしが”地に足のついた暮らし”を過ごすために大切にしていること

ウェルネス界隈でここ最近のバズワードの一つが「グランディング」ではないでしょうか。

『グラウンディング』とは英語の「ground」が由来。「土台を安定させる」「地に足をつける」といった意味合いで使用されることが多い言葉です。

残念ながら私たちの多くは、自分が地に足のついた状態にされていないことに気づかないまま、無意識的に毎日を生きています。意識が自分の内側から離れてしまい「いること」よりも「すること」で頭がいっぱいになっているから。

そんなわたしも油断すると、ついフワフワ、ビュンビュンと風のごとく、地に足のついた生活からは遠のいてしまいます。一方で、地に足のついた生活を意識することで、集中力が増し仕事も家事も子育ても楽しんで頑張れるし、感覚的に「わたし、満たされている」といった充実感を味わえます。

今回は、落ち着きのないわたしが地に足のついた暮らしを過ごすために大切にしていることをご紹介します。

「忙しい」が口癖の人こそ地に足のついた暮らしを過ごすことをおすすめしたい理由

意識をしないとわたしの毎日はTo doや時間に追われます

アーユルヴェーダ的に言うと、もともとの素質的にせかせかしやすい、落ち着きのない性格な上、プライベートでも仕事でもアイディアもバンバン出てきます。

高校生くらいからつい最近まで「1日が24時間なんて足りない。36時間は必要だ」とよく口にしていました(笑)

けれどせっかくの良いアイディアも「地に足のついた状態でなければ、クズになってしまう」というのがここ数年をかけて学んだこと。簡単に言えば「仕事が”雑”」(笑)と言ったところでしょうか。

プライベートはまだしも、お金をいただいているお仕事で雑なのはいかがなものでしょう。

「あれとこれをそれを今日中に終わらせる」と言った質より量を重視していた時期もありました。その時期は、仕事で感じる達成感も感じませんでした。量をこなしたからこそ質につながっったということもなくはありませんが、質を上げることにとにかく重点を置いてからの方が、仕事へのやりがいや達成感も増しました。

わたしが地に足のついた暮らしを過ごすために大切にしていること

瞑想

何も新しくない答えかもしれませんが、地に足のついていない人は瞑想を”続ける”のがとにかくおすすめ。

わたしは、朝一番・午前中の仕事の前・お昼ごはん前・夕方(もしくは夜)の1日4回は瞑想をしています(笑)

特に、スマホばかりを見てしまう時や「あれもこれも」とTo doリストや時間に追われている時、そして外側ばかりに意識が向いている時には、どんなに忙しくても、時間が足りなくても、7分間の瞑想をするようにしています。

先述のわたしが瞑想が必要な時は、交感神経がかなり優勢な時なので瞑想で呼吸をコントロールすることで、心身がリラックスしてきます。

すると「あれしなきゃ・これしなきゃ」といった欲やスケジュールを手放すことができます。その後も「あれができなかったから達成感がない」「満たされない」といった感情が湧き上がることもありません。

ただし「瞑想がなんとかしてくれる」といった瞑想に対する期待を持たないことも同時に大切にしています。

ジャーナリング

瞑想とセットなのがジャーナリング

特にTo doリストで追われている時は、スケジュールを可視化することで「これいらないかも」ということに気づけます。

「これもやりたいし、あれもやりたい」と言うときは、「どうして?」を文字に起こすことで手放すことができます。

また集中したいけれど「朝の喧嘩を引きずってしまって…」と言った感情や出来事に流されている時など、中々切り替えられない時にも、自分の感情を文字に起こしてみることで、スッキリしたり、思い悩んでいることが実は悩みではなかったり、気付きに変わることもあります。

自分を疑う

アイデアにアプローチするときは直感を信じながらも、わたしは常に自分の意図を疑うことを許すようにしています。

「これは本当に信頼できるものなのか?」「価値のあるものなのか?」「誰かの時間を奪ってはいないか?」「お金の無駄ではないか?」「エゴになっていないか」など。

そもそも感覚的な人間なので、以前までは自分を信頼しきっているところがありました。自分の一番の理解者であり応援者であるのは自分であることは変わりありません。ですが、自分の一番の敵であり足を引っ張る存在であるのが自分であるということも理解しつつあります。

自分を信じるために自分を疑う。そうすることで、地に足をつけ、集中することができます。

ゆっくり歩く

わたしが落ち着きのない時は、とにかく焦っています。だいたい朝の時間はそうで、「○時までに子どもを幼稚園に送って、○時に帰ってきて、掃除して洗濯して、○時に始業開始して…」と言った具合に。

そして、わたしの焦りは、夫や娘に緊張感を与えます。ピーンと張り詰めた緊張感が平和な我が家に流れているのはヘルシーじゃありませんよね。

全速力で走ることは、結局有限であるエネルギーの枯渇にもつながるので、1日安定的に過ごすこともできません。

ですので、最近は「早くしないと!」と思ったら「焦るな」と自分に言い聞かせゆっくり歩くを意識しています。

ゆっくり歩く(or 自転車を漕ぐ)ようになってから、見える景色が変わったように思えます限りある娘との時間をゆっくり過ごせるようになったり、花や木々の観察なんかをする機会も増えました。

スマホを見ない

デジタルデバイスの過度な使用は、外側へ意識を増大・増悪させてしまいます。

ですので、今は連絡がない限りは極力スマホを手に取らないようにしています。通知音をなるようにしておけば、連絡に気づかないことなく、不必要にスマホを手に取ることもありません。

瞑想やジャーナリングと合わせてスマホを不必要に見ないようにすると、感度も上がるように思います。ですので外側から取り入れる情報もまた本当に自分に必要なものだけをピックアップすることができるようになってきました。

「何があっても大丈夫」と思えるために

現代はそれなりにやりがいや生きがいといったものも見つけやすいと言えば良い聞こえ方もしますが、それがエゴなってしまうとどうしてもせかせかしてしまうのかなと思います。

「自然の近くに暮せばもっとゆっくり過ごせる」なんて言って田舎移住する人もコロナ禍で増えていますが、わたしは自分自身をまず知ることが重要だと思っています。落ち着きのない人が落ち着いた環境に移動したからといって、本人が自分の落ち着きの無さに気づき変えようとしなければ変わらないのではないでしょうか。

自分の軸をしっかりと持って地に足をつけることが、この不安定な時代を生き抜く中で大切なことだと思います。

「何があっても大丈夫」そう思える人が増えるといいなと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

シンガポール在住10年 文筆家/ヨガ講師/アーユルヴェーダアドバイザー  House of Emmaでは、毎日の暮らしの中でできるヨガとアーユルヴェーダの智慧をベースにした食事、美容、セルフケア、季節ごとの過ごし方などライフスタイルの提案をしています。