川上未映子著『夏物語』第二部の感想 #ブッククラブ

前回に引き続き、今回も小説『夏物語』について感じていることをシェアしていきます。

夏物語は第一部は『乳と卵』のリブートで本全体の序章として、そして第二部という本編という構成で成り立っています。今回は、第二部。テーマは、”パートナーなしで子どもを産むという選択について”。

映画やドラマになりそうな、ありえないテーマのように思えるかもしれませんが、本を読みすすめる内にどんどん現実味を帯びていきます。わたしのすぐそばには夏子がいるような気がしてなりません。

だって結局のところ、周りの人が外向きに見せている顔はその人のほんの一部に過ぎなくて、みんな何かしらを抱えて生きているから。

それでも人は生きていかなくてはいけない…何のために?答えはきっと一つではなく、また正解も不正解もないのだと思います。自分で見つけていかなくてはいけないのでしょう。

今回は、世界に衝撃を与えた夏物語の本編である第二部についてお話していきます。

感想を補助するために一部本書の内容に触れています。まだ読んでいらっしゃらない方で内容が分かってしまうことを避けたいという方は、ご自身の選択でお読み下さい。

『夏物語』第二部のあらすじ

第一部から8年後の東京を舞台に描かれている第二部では、第一部で語り手として姉の巻子と娘の緑子の間に立っていた夏子が主人公として物語が進みます。38歳の夏子は小説家で三軒茶屋で一人で暮らしています。数年前に1冊の本を刊行し、それ以降は雑誌などで連載を持ちながらほそぼそと謙虚な毎日を送っています。

平凡だけれど自分の夢が叶い、周りからは順風満帆な毎日を送っているように見える夏子。そんな彼女には相手がいるわけでも、結婚願望があるわけでもないのですが、ある日「自分の子どもに会いたい」という願いが芽生えます。

パートナーなしの出産の方法を探るうち、精子提供で生まれ、本当の父を捜す逢沢潤という男性に出会います。一方で彼の恋人である善百合子は、子どもを持つということは大人の「身勝手な賭け」だと言い、子どもを願うことの残酷さを夏子に問います。

パートナーがいないで子どもを持つことはいけないことなのか。生まれてくるということは何なのか。幸せとはなんなのか。このテーマの背景には色々なことが混じり合っていますが、一つ一つわたしが今感じていることをお話していきます。

『夏物語』第二部の感想

生き方だって産み方だってそれぞれ

夏子は、AIDと言う生殖補助医療の助けを借りて、自分の子どもを産むことを考えます。

小説やドラマ、映画の話の中だけではなく、一昔前には考えられなかったような生き方が今は現実で当たり前と化しています。それは、それぞれの人がそれぞれの生または性、そして真実に対して嘘偽りなく生きていることの証。とても喜こばしいことであると同時に、必然的なことであるとわたしは感じています。

わたし自身は、どちらかと言えばステレオタイプ的な生き方に属するのかもしれませんが、それでもこれからの人生でどんな選択をしていくとしても、”それぞれ”の選択をする権利があるということを勇気づけられたような気がします。

選択肢が増えること

科学が発達した結果、わたしたちは日々の暮らしから出産に至るまで様々な選択肢を得られるようになりました。少し前であれば、きっと駄目だものは駄目と諦めなくてはならなくなっていたことが、科学の力を借りれば可能になったことは、きっとたくさんの人の生活や命までも助けてきたことなんだと思います。

けれど、選択肢が増えることで悩みが多くなったことも事実。これは決して忘れてはいけないなと思います。

例えば、夏子自身も何年にも渡ってAIDをするか否かを悩み、やるべきことを後回しにしていたり、また危険な目にも合います。また、実際AIDによって生まれてきた子どもたちの苦悩も小説の中では触れられています。

夏物語を読んで一番感じるのは、選択肢が増えることは一概に人を幸せにしてくれることではないのかなと思いました。

子どもを産むことは不自然なこと

子どもを産むことは不自然なことだと、夏物語の中では説かれています。これは、わたし自身の経験にもマッチしていてとても共感できるなと思っています。(あくまでも個人の考えなのでご了承ください)

10ヶ月という長いようで短い妊娠期間はそれまで生きてきた中でも、とても幸せな時間だったのと同時にとても不思議な時間だったのを記憶しています。決してマイナスな意味ではないですが、この感覚を一言で表すと”不自然”になるのかなと思います。

体は変わり、心も変わり、自然である状態から反している時間は、本当に不思議でした。そして、絶賛子育て中の今も、時々不思議な気持ちになります。

結婚をすれば子どもを産むのは当たり前と考える人が今もいるのは、わたしはこの不思議な10ヶ月間を過ごしてとても反発を覚えたものの一つです。

「第二子は?」「絶対に下の子がいたほうがいい」と言わる度に、「何で?」と聞き返す自分はもしかしたらおかしいのかと考えたこともあります。けれど、夏物語でこの”不自然”という言葉で表した感覚に出会ってから、わたしにはこの”不自然”をまた体験する勇気がないのかもしれないなと思いました。

間違っている人は誰一人いない

夏子の決断に対して、周囲からは賛成の声もあれば反対の声もあります。そして、間違ったことを言っている人は誰一人いません。それと同時に、全ての人が正しいことを言っているというわけでもないのだろうなとも思います。だって、真実は人それぞれで違うから。人が住む世界はそんな曖昧な場所なんだと思います。

結局は、人は自分の人生を生きていかなくては幸せにはなれないのかもしれません。周りがこうだから、社会がこうだから、ではなくて、自分の人生は自分の課題として向き合って生きていかなくてはいけないなとも思いました。

ラストは感動!男性にも読んでもらいたい一冊

夏物語は女性が手にとりがちな一冊だと思うのですが、個人的にはぜひ男性にも読んで欲しい本です。そして、感想を聞かせてほしい!

子どもを産むことは善であるというのはマジョリティーの考えなのかもしれません。けれど、それだけが世の中の考え方でもないことをわたしたちは知っておかなければならないとも思います。

食べて、祈って、恋をして』という本の中に、”子どもを持つということは、顔にタトゥーをいれるようなものだ”というフレーズがあり、これはわたしが現在子育てをしている中で最も痛感していることの一つです。

子どもを産み一人の子どもの親として自分は何をして、これから何をすべきなのかをしっかりと考え、向き合っていきいと思っています。

夏物語

聴く読書もおすすめ!

夏物語は、500ページの長編小説です。また主人公の大阪弁に、関東出身のわたしは結構読むのに苦戦しました。

長編小説に慣れていない方や、大阪弁に慣れていない方などは、聴くアプリを利用しての読書もおすすめです。

ABOUTこの記事をかいた人

シンガポール在住8年のライター/Webクリエイター/ヨガインストラクター(全米ヨガアライアンスRYT200保持)。4歳の娘 Emmaと夫と3人暮らし。Webを中心に、ファッション、ビューティー、ライフスタイル、旅行など幅広いジャンルに関する情報を発信。現在はWEBクリエイターとしてWEBサイトを運営、取材、執筆活動を行う傍ら、RYT200を活かしシンガポールを中心にヨガインストラクターとしても活動中。