わたしの暮らしを楽にする考え方の基本となっているのが『ヨガ哲学』。
哲学と聞くと「難しいそう…」と思いがちだけど、わたしにとっての哲学は、【自分がご機嫌で生活を送ることのできる”取扱説明書”】だと思っています。
実生活でいちいち見ることも少ない取扱説明書ですが、何かしらの不具合や故障があれば見返すことがありますよね。
ヨガ哲学もそれと一緒で、自分を見失った時、なんか上手くいかないと感じた時、イライラしてる時、周りに流されそうになった時…など自分自身に不具合や故障を感じた時に見返すことで導きやヒントを得ることができます。
今回は、ヨガ哲学の基本となる『八支則』の中のヤマ(生きていく中で”しないべき”こと)の【ブラフマチャリア】のお話をしたいと思います。
日本語では「禁欲」と訳されることが多い教えですが、欲はわたしたち人間が生きていく中で標準装備の一つ。わたしは、決して「欲は禁じる必要はない」と考えています。
わたしはこのブラフマチャリアを通して学んでいることは、欲のコントロールの方法、欲を活かした生き方、欲を味方になりたいわたしに近づくということです。
欲深い人、欲に流されてしまう人、自分の欲が何なのか分からない人などはぜひブラフマチャリアを一緒に実践していきましょう!
この記事はこんな人におすすめ ・欲深い人 ・欲に流されてしまう人 ・自分の欲が何か分からない人 ・ヨガ哲学に興味がある人 ・生き方を模索中の人 ・なりたいわたしになりたい人
Contents
ブラフマチャリアってどんな教え?

ブラフマチャリアとは
ヨガ哲学の中に記されているブラフマチャリア。これは、ヨガの教科書である『ヨガスートラ』の中ででてくるステップ八支則の一つです。
「ブラフマチャリアに徹する者は、精力を得る」
ヨガスートラより引用
このように記載されています。
日本語では「禁欲」と訳されることが多いのですが、”禁じる”と訳されると「やっぱり欲ってダメなものなの?」と思ってしまうのですが、わたしはこれを”離欲”と訳しています。つまり、欲から”離れる”ということ。
わたしが「離欲」と訳したい理由
人間の三大欲求と言われるものが以下のもの。
- 性欲
- 食欲
- 睡眠欲
その他にも、物欲など色々な欲があることが考えられますが、仏教的には人間には108個の欲(仏教用語で言うところの『煩悩』)があると言われています。
普通に生きていれば、「寝たい」「食べたい」「遊びたい」「痩せたい」「キレイになりたい」など「○○したい」という欲と言われるものがあるのは当たり前。むしろ、それらがエネルギーの源となり頑張る原動力となるのだと思います。
ポイントになるのは、その欲は必要なものなのか、不要なものなのかを見極めることなのではないでしょうか。
例えば、食欲に流されるまま食べていれば、食べる一瞬は幸せかもしれませんが、食べた後は後悔に苛まれるなんて経験があるという方もいるかもしれません。
その他にも、思うがままに欲しいものを買い込んで物欲に流されていてば、お財布の中はすっからかんになってしまいます。
ですので、まずは「〇〇したい」という欲が生まれた時には、「それって必要な欲?」と一度欲から離れることが大切なのではないかと思います。
それが自分が人生を楽しむためにも、”なりたいわたし”に近づくためにも必要なエッセンスなのではないでしょうか。
ブラフマチャリアが教えてくれること

欲のコントロール方法
すでに前述していますが、わたしは欲は決して悪いものではないと考えています。
・その欲が自分にとって豊かさや利益をもたらしてくれるものなのか。 ・欲に流されるのではなく自分にとって心地の良い状態で欲を満たすことができるか。 |
わたしは自分の欲と向き合うときは、まずこの二つを必ず守るように自分と約束しています。
例えば、もともとは物欲が激しい方なので(笑)「あれ欲しいな」とよくなる方。それなりにたくさんの失敗も経験してきた上に、現在は借金返済生活中(笑)
ということもあり物欲が生まれた時には、必ず「それを買って何になるの?」「なんで欲しいの?」とかなり自問自答します。
そして、購入を決めたならば、お財布との相談。今現在の家計状況に余裕があるのか、そして今買えないのであれば、いつまでに買えるように計画を立てるようにします。
必要なものと必要でないものへの気づき方
「それ本当に必要?」と欲から離れて考える時、わたしが基準としている考えが以下のもの。
・心身の健康を害さないかどうか ・周りへ迷惑がかからないかどうか |
例えば、食欲に流されるがままに食べてしまえば、色々ガタがきます。特に現在は、プレ更年期世代に片足を踏み込んでいることもあり、かなりシビア。
その他にも、わたしには「こんな体型になりたい」と言った美容欲を達成するあまり、周りへの配慮が欠けていることがたまに見受けられます。理想の体型になりたいから、食べものの制限をしたり、自分のレベル以上の負荷をかけたフィットネスをしてみたり。
欲に流されている時は何かが枯渇しているサイン
どんなに意識をした暮らしをしていても、欲をコントロールすることができなかったり、また欲に流されていること自体に気づけない場合もあります。
これは、わたしは毎日ジャーナリングをつけていて「あー流されたわ」と振り返ることで気づけるのですが、流されたら流されたでOKなのではないでしょうか。まずは気づくことが大切。
よく、「甘いものが食べたい場合はタンパク質が不足」など栄養が枯渇していると〇〇が食べたくなる同じように、欲で補おうとしているということは自分のどこかが枯渇しているサインなのだとわたしは考えています。
例えば、お互い忙しすぎて夫とコミュニケーションが不足している時は、わたしはよく物が欲しくなります(笑)
ですので、「欲がコントロールできない!」「欲に流されちゃった!」と言った時には、何が枯渇しているのかに気づくことが重要。そのためにも、ジャーナリングなどを日々記録して自分観察・自己探求していくことが大切です。
過程を存分に楽しむ
欲をゴールとしてそれに向かうというよりかは、その過程を楽しむことが人生をより豊かにすることとわたしは信じています。
ゴールと思ってしまうとついそこに集中してしまいがちなのですが、そうするとなかなか満たせないことにイライラしてしまったり、「やっぱりダメなんだ!」と思ってしまうこともあります。
なので、「〇〇を買う!」ということを決めたのであれば、その過程でどのように節約をしたか、節約生活をする中でどんな風にひもじい思いをせずに豊かさを保っていけたか、などを楽しむようすると、〇〇を買った時ももちろん嬉しいでしょうが、その過程でも楽しめる上にかなり成長できます。
ブラフマチャリアのゴールはエネルギーの無駄使いを防ぐこと

欲は禁じることも、消し去ることもできないと思っておいた方がかなり楽。
「ブラフマチャリアに徹する者は、精力を得る」というヨガスートラの教えからは、必要な欲と不要な欲を見極めて、エネルギーを本当に必要なことにだけ使うことで、精力につながるという意味なのではないかと考えます。
ブラフマチャリアの教えを通して、みなさんの暮らしがよりイキイキとしたものになれば嬉しいです。
▼ヨガ哲学を学ぶなら『ヨガスートラ』からはじめよう!何度も読み返すことで理解が深まります。

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